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2009年8月23日日曜日

体育祭黄団優勝で終わる


 さて、私は体育祭の朝、開会式の頃、総合庁舎の屋上から写真を撮ろうと、総合庁舎に入りました。ちょうど開会式がはじまる9時頃のことです。この日は休業日なので、役所はすべて休みです。
 入り口に入ると警備員さんがおられましたが、そのまま、エレベータに乗り込みました。すると、警備員さんが付いてこられて、一緒に屋上へ行きました。私が写真を撮っている間も、警備員さんが待っておられました。どう考えても私を怪しい人間と見なされたのでしょう。エレベータで降りるときに、「お仕事とはいえご苦労様です」と挨拶をしたのですが…。
 そんな苦労をして撮ったのが、以下の写真です。

2009年6月22日月曜日

あなたは右回りですか、左回りですか その3

この記事も、前年度分です。その1をアップしただけで、ほったらかしにしていました(-_-;)

 前回の出題:長い砂浜の海水浴場があります。浜辺には海浴客が均質(ランダム)に存在しています。そ浜辺にアイスクリーム屋さんが屋台を出しまた。どこにお店を出すのがいいかと聞かれれば中央部だと答えるでしょう。
 さて、この浜辺にもう一軒のアイスクリームさんがやって来て、お店を出そうとしていますどこに出すのが良いのでしょうか。またこの立戦争は、最終的にどうなるのでしょう(最終的に軒のお店はどこに立地しますか)。二店の商品類、品質、値段は同じです。非価格競争はないものとします
 解答例:最初に中央に出したお店をAとします。次に別のお店が出店しました。これをBとします。下の図のようなイメージです(図省略)。

 すると、Aは、客を奪われます(お客さんはAとBの中点で、分かれます)から、AはBの屋台側にすり寄っていきます。
 次に客を奪われたB店はAを飛び越え、左側に屋台を移すものと思われます。そうなると今度は、Aは右へ移動し、B店に接近します。

こうしたことを繰り返すうちに最終的には、砂浜の中間点でAとBは屋台を背中合わせにして、商売をするものと考えられます。海水浴客の半分ずつを相手にする状況で安定するでしょう。

 では今度は、直線的な砂浜ではなく、平野の真ん中でお店をつくればどうなるでしょうか。さらには種類の豊富な大きなアイスクリーム屋さんと小さなアイスクリーム屋さんならどうなるでしょうか…。と話しは続くのですが、もう説明する時間がないので、結論だけを書いておきますと、二つのお店の勢力圏は、店の大きさに比例し、距離のX乗に反比例します。何か思い出しませんか。物体の重力に比例し、距離の2乗に反比例すると言えば、万有引力の法則です。経済学(経済地理)の世界では、これを重力モデルと呼んでいます(帰納法的にはX乗は2乗だといわれています)。
 ちょっと話しが難しくなりました(途中をはしょったので仕方がありません)。まあ「職員室へ行くとき、右回りか左回りかという問題も、突き詰めていけば、万有引力の法則とつながる」という話しでした(詳しいことは3年の後半に授業でやります)。

あなたは右回りですか、左回りですか。 その2

 前回、職員室2年学年団から、2組教室へ行く際、西回りが近いにもかかわらず、東回りの先生が多いと述べた。その具体的データを示したい。職員に個々のインタビュー調査をした結果を以下に示す。
・K先生:3組は東回りと西回りで半々
・K先生・F先生・M先生:2組は東回り、3組は西回り
・T先生・T先生:3組は東回り、4組は西回り
・O先生:1組は東回り、2組は西回り
他の先生は、2組には行かないと解答。



 では、2組生徒はどうなのだろうか。教室から職員室の学年の先生に会いに行くとき、どちら回りで行くかを尋ねた。その結果、西回りが12人、東回りが20人、行かないが1人となり、職員と同様の傾向を示している。つまり遠回りをする生徒が多そうだ。この点については、検討をおこなう。それは職員室からの中間点が前入り口から6歩のところだということを考慮する必要があるだろう。教室の前後の入り口幅は9歩なので、6歩というのは、教室(教壇を除く空間)を2:1に分割するラインである。このラインを教室に延長したものが、職員室学年団との等距離線である。2組生徒の座席が教壇を除く教室空間に、均質に分布すると仮定すると、40人を2:1に分けるように圏域が形成されるはずである。すなわち、東回りには13.3人、西回りには26.6人程度に分かれるはずで。これが理論値である(この場合、調査の精度上、少数以下第一位に意味はないので、13人、27人と考える)。



 ところが、表に示したように、2組生徒への調査の結果は、逆の人数を示している。やはりここには、距離感覚を狂わせる要因、遠回りしてでも得られる正の要因、または近道に存在する負の要因があると考察できる。
 自然科学においては、理論の構築やその精緻化にそれなりの意味があるが、人間を扱う社会科学(人文科学)においては、考慮すべき条件が多すぎで、理論化が困難である。そこでこのような単純モデルと現実との残差を追究することが重要になってくる(このことは前号で前述した)。
 そこで、学年の先生に尋ねると、
・中庭を通して、HR教室が見えるので、感覚的に狂うのではないか。
・行きと帰りで一周する事が多い。近さは意識していない。
・3年生の学年団になれば、座席位置の関係で、必ず東回りになるのだが…
 などの意見がみられた。
 筆者の意見としては、生徒との対面接触を避ける。あるいは混んでいる廊下を避けるため、できるだけHR教室前を通らないのではないかと考えと、上記意見にあるように、職員室の窓から2組が東側に見えているので、そちらに歩いてしまう、という意見に賛成である。

 さて、この研究に何の意味があるのか、という問題である。最初に以下の問題を考えて見ましょう。
「長い砂浜の海水浴場があります。浜辺には海水浴客が均質(ランダム)に存在しています。その浜辺にアイスクリーム屋さんが屋台を出しました。どこにお店を出すのがいいかと聞かれれば、中央部だと答えるでしょう。

 海岸
        ●         
アイスクリームの屋台 

  この部分はワープロで作ったのでうまく反映されていません(多謝)

 さて、この浜辺にもう一軒のアイスクリーム屋さんがやって来て、お店を出そうとしています。どこに出すのが良いのでしょうか。またこの立地戦争は、最終的にどうなるのでしょう(最終的に2軒のお店はどこに立地しますか)。二店の商品種類、品質、値段は同じです。ハンサムなお兄さんが店員だとか、オマケなどの非価格競争はないものとします。

2008年9月28日日曜日

芸術鑑賞会感想

7月16日芸術鑑賞会で狂言を鑑賞しました。「呼声」、「伯母ヶ酒」、「濯ぎ川」の三番です。

生徒感想省略

担任の感想:狂言って面白いですね。「呼声」はどこかで見たことがあるような気がして、仕方がありませんでした。最後の場面は既視感があったのですが、どこで見たのかどうしても思い出せません。その夜、風呂に入っていて、NHKの「日本語であそぼ」でやっていたことを思い出しました(えらくかかったなぁ)。

2008年7月14日月曜日

これは何? 解答編

 石棺です。石棺は蓋と身からなっていますが、これは石棺の身です。上下併せてワンセットのうちの下の方です。つまり亡骸が入る方ですね。
 この石棺は、西門の近く、クラブハウスの横にあります。是非、一度見に行って下さい。この話を主任のT先生としていたら、1年担任のN先生が、わざわざ加古川市史第四巻の一部をコピー持ってきて下さいました。
 これによれば、加古川市内には棺蓋63例、棺身82例が存在し、これは近隣市町村と比べ、かなり多い方ようだ。本校の石棺も紹介されている(p.377)。市内では最も大きい棺身だということである。T校長先生曰く、県立考古博物館に知られたら、持って行かれてしまう…、とか。
 材質は、やはり竜山石が多いようで、この棺身にように、水抜き穴があけられ、手水鉢に利用されたものも多いそうだ。
 個人的に面白いと思ったのは、石棺は市内の古墳群周辺に分布するので、古墳群からそれほど移動していない(市史)、という説だ。本校の棺身もそれほど遠くないところから持ってこられたものであろう。
 これを知った時、地理の古典的エピソードを思い出した。ロンドン市内でコレラが流行した際、ある医師が、患者の発生地点を市内地図上に落としたところ、患者の分布から、原因となる井戸を特定することができた、という話である。分布論は非常に有効な考え方だな、と実感した次第だ。
(14号)

体育祭予行をおえて

お疲れ様でした。はじめて予行を見ました。生徒会や団幹部は頑張っていることはよく分かります。でもはっきり言って怠いです。これは一体どこから来るものなのでしょうか?
 それについての解答は保留することにして、10年ほど前のある高校の体育大会のことを思い出しました。
 以下には、その高校のことです。 その学校でも、10年ほど前までは、生徒会中心で体育祭を実施していました。予行ではなかなか生徒会執行部が生徒を動かすことができず、もたもたしています。それを教師は見ていて、アドバイスをするだけです。教師が前面に立つことはありませんでした(うちの学校と同じですね)。予行の反省会では、生徒会役員は泣いてしまいます。
 それで、その反省にたって、本番はなんとかやり遂げられる…という状況でした。ところがだんだん生徒会が生徒を指示しきれないようになってきました(うちと似ていますね)。
 そこで、体育科の教員を中心に指示が出るようになり、現在では教師の仕切りのもとで、生徒会が動くようになりました。むろん生徒会も頑張っていますが、完全な自主的運営ではなくなっていきました。
 どこに問題があるのでしょう。
・生徒会役員のリーダーシップが下がったのでしょうか?
・生徒の意識が低下したのでしょうか?
・教師集団が生徒の様子に我慢できなくなったのでしょうか?
 いろいろ原因は考えられると思いますが、この教訓として言えることは、生徒の力が下がれば、教員が行事の主導権を握るだろうということです。それが恥ずかしいことだというように考えられますか?
 一方では、生徒が一人残らず、軍隊のごとく同じ方向を向いているという状況もどうかという気持ちも、心の中にはあります。しかし、少なくとも同じ仲間の生徒が頑張っていれば、応援する・協力する・一緒に作り上げよう…という気持ちがおこって当然ではないかと思うのです。
 一般社会においても自治を維持するのは大変です。侵されやすいものです。でもその重要性もかみしめてほしいのです。これが社会科教師としての言いたいこと(結論)です。
(12号)