2009年6月22日月曜日

ホグワーツではなぜクリスマスを祝うのか その2

この記事は前年度のものですが、その1を書きながら、続きをアップしてなかったようです。

(3)キリスト教と魔法使い
 キリスト教は唯一絶対の神を信仰する宗教であり、神以外の奇跡を認めていない。したがって当然魔法は認められないわけである。
 ハリーポッターシリーズに関して、前ローマ教皇のヨハネパウロⅡ世は好意的だったといわれるが、ベネディクト現教皇は批判的だと言われている。キリスト教徒と魔法使いの関連については、もう少し歴史的に辿ってみる必要があるだろう。
(a)魔女狩りとキリスト教
 ヨーロッパにおいて、魔女狩りが広くおこなわれたのは、15~17世紀のことである。魔女狩りからはカトリック教会が権勢を振るった中世ヨーロッパのイメージがありが、実はそうではない。ルネサンスの花開く時代のことである。最も激しかったのは1600年を中心とする100年間のことであった。付け加えるならば、魔女狩りの最も激しかったのはドイツであり、しかも宗教改革後の方が激しかった。またドイツに次ぐのはスコットランドである。こうしたことから、カトリックよりもプロテスタントの方が激しかったと言ってもいいかもしれない(カトリックの分布は地中海沿岸のラテン系民族、ポーランドやチェコなどの東ヨーロッパのスラブ系であるのに対し、プロテスタントはイギリス・北欧、ドイツなどのゲルマン系が中心である)。
 森島(1970)によれば、12、13世紀頃までは魔女は、キリスト教は魔女に対してまだ安泰であったが、1300年頃を境として教会の態度がにわかに硬化すると指摘している。それまでの魔女は、いわば呪術師であり、それぞれの「犯行」に応じて量刑を求刑された。死刑になることはなかったと言われている。しかし、異端審問制が確立し、魔女の定義が「悪魔と同盟を結び、悪魔の助けを利用して不可思議をおこなうことに同意する者(1608『妖術論』)とされることによって、魔女は「異端者」に格上げされる。こうして、極刑(火焙り)とされることになっていった。
 18世紀末に魔女裁判が終了するまでに、どの程度の人々が魔女として処刑されたかについては、諸説あるが30万人とする説から900万人とする説まで様々である。(未完)

 参考:森島恒雄1970『魔女狩り』岩波新書
 ここでいう魔女には男の魔女も含まれる。魔法使いと言うべきかもしれないが、通例に従い「魔女」としている。

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